※イラスト:巴さん



 男としては神秘の場所。
 制服に着替え終えた数人の女子陸上部の生徒たちが扉から出てきた。
 あの中に早苗が居るはずだ。

「よ、よし。誰にも気づかれないみたいだからこのまま……」

 幽体となっている輝夫の姿は他人の目に映らないようだ。
 鼓動を高ぶらせながらゆっくりと更衣室の壁に近づくと、そのまま頭をめり込ませた。
 真っ暗な空間の中に、微かな光が見える。
 狭い空間の様子――どうやらロッカーの中を覗いているらしい。
 そのまま右のロッカーへスライドしてみると、扉が開いていて前方には更衣室の一部が、そしてロッカー内にセーラー服を吊ったハンガーが見えた。
 不意に目の前に人影が現れ、ハンガーごとセーラー服が持ち出される。

「あっ!」

 萌未だった。目と目が合ったような気がしたが、彼女は全く気づいていない様子で驚くこともなく、誰かと話をしながらセーラー服に身を包み始めた。

「び、びっくりした。今、長瀬に気づかれたら終わりだもんな」

 輝夫はロッカーの上に浮かび上がると、更衣室全体を眺めた。
 思ったよりも広い更衣室の両サイドにはロッカーが配置されていて、壁際には男子更衣室にはない縦長の姿見が、そして部屋の中央には長テーブルが置いてあり、パイプ椅子が数個並んでいる。
 この空間に、着替えをしている女子生徒が四人。そしてお目当ての早苗が体操服姿のまま、着替えをしている生徒と話をしていた。
 どうやら彼女達が着替え終わるのを待っているようだ。
 こうして女子生徒の生着替えが見れるなんて、幽体という姿は何て素晴らしいのだろう。
 透明人間が覗き見しているシーンに似ているが、相手に気づかれるというリスクがないのだから。

「長瀬さん。最近は井賀岡君と仲良くやってる?」
「ああ……そうですね。でも先輩は忙しいみたいであまり一緒に帰ったり出来ないんです」
「そうなの?仕方ないわね。私から言っておいてあげるわ」
「あっ、いえ。気にしないで下さい。私、先輩に嫌われているかもしれないので」
「嫌われている?そんな事ないと思うけど」
「私が榎原先輩の様にスタイルが良かったら、先輩も私に振り向いてくれるかも。きっと先輩は私の事、女性として見てくれていないと思います」
「う〜ん、どうかな?井賀岡君がスタイルにこだわっているかは分からないけど、長瀬さんがもっと積極的に迫れば振り向いてくれるかもね」
「今以上に積極的にですか?」
「そう」
「……分かりました。明日はもっと積極的に先輩を誘ってみます」
「上手くいけばいいわね」
「はい。榎原先輩、どうもありがとうございました。私、ちょっとやる気が出てきましたよ」
「頑張ってね」
「はい、じゃあ私達はこれで失礼します」
「気をつけて帰るのよ」

 萌未と共に着替えを済ませた女子生徒達は、早苗に軽く会釈をすると更衣室を出て行った。

「ちょっと待ってくれよ。どうして長瀬にそんな事言うんだ?俺、榎原先輩の事が好きだって分かってるはずなのに」

 会話を聞いていた輝夫は、早苗が話している内容に少々腹を立てた。
 どうしても萌未と付き合わせたいのか――おそらく、自分の周りに輝夫がウロウロするのが嫌なのだろう。
 それが分かるだけに、早苗の体に乗り移って弄りたいという欲望が増幅された。

「よしっ、早く済ませちゃお」

 彼女は腰に手を当てて更衣室を眺めた後、床の隅に落ちている土の塊をほうきで掃き始めた。
 全員で掃除するとはいえ、部活で疲れた後に、たかが数分行うだけ。
 早く帰りたい部員達は、床を丸く掃いて机や椅子を並べるくらいなので隅々まで綺麗にならない。
 だから早苗は女子陸上部の部長として、いつも皆が帰った後に改めて掃除をするのだ。

「上手く出来るか分からないけど、説明書どおりにやれば……」

 背中を丸めながら床を掃いている早苗の後ろに浮かんだ輝夫は、長い髪が被さる白い体操服にゆっくりと両手を伸ばした。
 本来ならば彼女を押す形になるが、彼の手は体操服の背中にめり込んだ。

「えっ!?」

 早苗の手が止まった。
 その間にも、輝夫の腕は彼女の背中に入り込んでゆく。
 胸元から手が突き出ていないのが、彼女の体に入り込んでいる証拠だ。

「あっ……な、何!?か、体が……」

 まるで金縛りにあったように、体が動かない。
 持っていたほうきが手から離れ、床に落ちてしまった。

「よ、よし。このまま体をめり込ませて……」

 両腕を彼女の背中にめり込ませた輝夫は、更に幽体を体操服の中に押し入れていった。

「あ……あっ。い、いや……ぁ」

 体の異変に戸惑った早苗は、口をパクパクさせながら苦しそうな表情をした。
 ズブズブとめり込む幽体が彼女の背中から見えなくなると、同じように半透明な足も彼女の震える足の中に入り込んでゆく。
 更には、頭まで彼女の後頭部にめり込ませた。

「うっ……あ……あっ、あっ、ああっ……」

 まるで発作を起こしたように体を震わせた早苗だが、輝夫の幽体が完全に彼女の体に入り込んだ後、ほんの暫くすると落ち着きを取り戻し、ゆっくりと上半身を伸ばした。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 少し息を乱しながらも、俯いて白い体操服に包まれた大きな胸を眺めている。

「はぁ、はぁ……。む、胸だ」

 しばらく眺めていた彼女は、ハッとした表情をして壁際に置いてあった姿見の前に立った。

「……せ、先輩の……体。は、はは……や、やった。先輩の体を乗っ取ったんだ!」

 姿見に映る姿を見て驚いていた早苗が、一気に喜びの表情へと変わった。
 どうやら輝夫は早苗の体を乗っ取る事に成功したようだ。

(ど、どうなってるの?わ、私の体が勝手に動いてるっ)
「あ、あれ?頭の中で先輩の声がする」
(な、何?どうしてっ)
「もしかして、先輩の意思が残っているのか?」
(……だ、誰?私の体……誰かが動かしているの?)
「やっぱりそうなんだ。完全に乗っ取れたわけじゃないんだ」
(乗っ取る?何を言って……)
「そうか。でも、僕が先輩の体を操れることに違いはないか」
(……だ、誰なの?一体誰なのっ!)
「こうして会話が出来るのも面白いな。先輩、僕ですよ。井賀岡です」
(い、井賀岡……君)
「はい。先輩の体、乗っ取っちゃいました」

 輝夫は姿見の前でペロッと舌を出してみた。
 すると、早苗が彼と全く同じタイミングで舌を出す。

(ちょ……。の、乗っ取ったってどういうことなの?)
「だから、僕の魂が先輩の体に入り込んでいるんです。今、先輩の体は僕の操り人形なんですよ」
(じょ、冗談でしょ。どうして井賀岡君が私の体にっ)
「そういう薬があるんです。幽体になって他人の体に入り込むと、こうして体を操ることが出来るんですよ」
(し、信じられない……)
巴さん借用!

「それにしても……先輩。すごいっすね、このカラダ。なんでこんなに乳が重いんですか?」
(し、知らないわよそんなこと……。あっ!ちょっとヤダッ。変なところ触らないでよ)
「うわ、先輩の乳っていうか、胸ってすげぇ柔らかいですね。それに、この表情がたまんないっす」
(も、もうっ!やめなさいっ)
「嫌です。折角先輩の体に乗り移ったんだから楽しませてもらいますよ。この日のために、女性の体の事を色々と勉強したんですから」
(何考えてるのよ井賀岡君っ!怒るわよ)
「怒ってもダメですよ。今は僕が先輩の体を操っているんですから。こうして僕がしゃべると、先輩の声になって出て行くんですよね。僕が先輩の声を使っているだけでもすげぇ興奮しますよ。へへ、井賀岡君、大好きよっ!」
(や、やだっ。私の声で変な事を言わないでっ)
「マジで先輩が言っているみたいですね。これ、すげぇ面白いです」
(ちょっと!つまらない事を言ってないで早く私の体から出て行って!)
「そんなに頭の中で喚かないで下さいよ。ねっ、しばらく僕に先輩の体を使わせてください」

 早苗は姿見に向かってまっすぐに立つと、白いスニーカーを穿いているつま先から頭の先まで舐めるように眺めた。
 その表情はとても嬉しそうであり、口元はずっと緩みっぱなしだった。

「先輩。今から僕が先輩の手を使ってイカせてあげますよ。姿見の前でね!」