日曜日の夕方。今年五歳になったばかりの良明に公園へ遊びに行きたいとせがまれた私は、久しぶりに近くの公園へ遊びに行った。
 夕日を浴びた雲が赤く染まり始めた四時半過ぎ。十分ほど掛けて公園に着くと、隣接する少し大きなグランドで少年野球をしていた子供達が練習を終え、帰り支度をしているところだった。
 白いユニフォームを土ぼこりで茶色く染めた子供達は、汗で濡れた髪を腕で拭きながら迎えに来た家族の元に駆け寄っていた。日曜日だというのに頑張るなぁと思いつつ、周りに群がる親達をしばし眺める。殆どが母親ばかりで父親の姿はまばらだ。
 最近の母親は若いのか、若作りが上手なのか。私が勤める会社の若きOL達と変わらない容姿だ。体に密着する半袖Tシャツや、小洒落たブラウスにジーンズ姿。子育てに忙しい主婦だというのに、そのスタイルをどうやって維持しているのかと不思議に思う。
「父ちゃん、ブランコ」
「ああ。落ちないように気をつけろよ」
「うんっ」
 明良をブランコで遊ばせながら少し離れたベンチに腰掛けると、程なくして一人の女性が近づいてきた。栗色でセミロングの髪は根元が内側に丸まっていて、面長の顔立ちに合っている。白いプリントTシャツに茶色のジーンズ姿は人妻であろう彼女の歳を一層若く見せていた。
 私の前に立ち止まり軽く微笑んだ後、遠慮なしに隣に座る。
「ずっと見てたでしょ」
 目を合わさず、少年達を見ていた私に彼女が話し掛けてきた。
「別に」
「嘘ばっかり。あなた、明良と公園に来た時からずっとこの女性に視線を送っていたじゃない」
「そんな事無いさ」
「そうかしら。私の思い違い?」
「そうさ。でも何時から?」
「あなたが家を出る時から付いて来てたの。この女性に乗り移ったのはついさっきだけど」
「へぇ〜。何時乗り移ったのか、全然気づかなかった」
「やっぱりずっと見ていたのね」
「……それよりも、その女性の子供はどうしたんだ?一緒に帰らなきゃならないんじゃないか?」
「買い物に行ってから帰るって、近所の友達に任せたわ」
「友達って、その女性の?」
「うん、主婦仲間よ」
「便利だよな。他人に乗り移って記憶が読めるのって」
「おかげでこうしてあなたと一緒に過ごせるんじゃないの。何時までも病院のベッドで寝ているの、退屈なのよ」
 女性は少し腰をずらして、私の体を添えてきた。互いの肩が軽く触れ合う状況に、思わず体を横に逸らしてしまう。
「それは分かるけどさ。退院まで後一週間くらいだし、明良が見知らぬ女性と二人で話しているのを見るのは良くないだろ」
「分かってるわよ、そんな事……」
「……出来ればこういう場所よりも、明良がいないところの方がいいな」
「だって……寂しいんだから」
「昼に見舞いに行ったのに?」
「そうよ。あなたと明良が居なくなると急に寂しくなるの。分かるでしょ」
「でもさ。何度もこんな風に見せていたら……」
「じゃあ、明良が居ない時ならいいでしょ」
「でも、他人の体なんだし。また明日、会社帰りに見舞いに行くからさ」
「……あなたは私が居なくても寂しくないの?」
「そんな事ないさ。明良も寂しがっているし」
「ほんとに?」
「当たり前じゃないか。早く家に戻ってきて欲しいよ。後、一週間の我慢さ」
「……そうね、分かったわ。それじゃ私、病院に戻るわ」
「ああ。気をつけてな」
「気をつけるも何も、幽霊みたいな状態なんだから大丈夫よ」
「そりゃそうか」
「じゃあね、あなた」
「ああ」
 女性は腰を上げながら、私の頬にキスをした。
「お、おい」
「このくらいならいいでしょ。明良も見ていないし」
「…………」
 慌てて明良を見ると、一人で砂場に入り山を作っているところだった。その間に女性が離れてゆく。
「はぁ〜、典子にも困ったもんだな。あんな美人に乗り移られたら冷静に話すだけでも大変だ」
 頬に残る柔らかい唇の感触を手で摩った私はしばらく明良と遊んだ後、薄暗くなり始めた空の下、手をつないで家に帰った。