なぜ、このナイフの使用目的がエロいことなのか。
理由ははっきりとは分からないが、推測はできる。
おそらく人間というものは、自らの欲望を満たすときにこそ様々なアイディアやひらめきを生む。
いつだったか、姉さんも自分で口にしている。

『人類の科学は突き詰めていけば性欲で発展してきた』

ゆえに、俺が使用する過程を見て何がしかのヒントを得るつもりなのかもしれない。
あるいは、研究が行き詰まったときの気晴らしか。
何にしても俺は姉さんのためにできることをするつもりだ。
エロいことは俺も大歓迎だし。

「ベルゼブブ掘△い襪里?」
俺の声に反応して、どこからともなくハエが一匹飛んで来た。
パソコンの上にちょこんと止まる。
ベルゼブブ兇了代には俺の声にも反応は無かった。

高い機動性と隠密性を持つベルゼブブタイプ。
ほとんど羽音も聞こえない。
さらに、自ら判断して物陰に隠れたり人の視界に入らないように廻り込んだりする。
大きさは小指の爪ほどしかない。
最新型の靴蓮短時間だが光学迷彩機能まで付いている優れものだ。

しかし、見られていると分かっていても、姉さんしか見る人がいないと分かっていても。
どこにいるのか分からないというのはやはり気持ちの良いものではない。

そう俺が言うと、姉さんはすぐさま改造を施してくれた。
「俺が一人しかいない時は、俺の頭に止まっていてくれ」
その命令を認識したのか、すぐさま靴浪兇糧韻量咾涼罎棒り込んだ。
ハエ型と言っても本物ではないし、何より姉さんが近くにいるようで何だか安心する。
うむ、しかしなんて賢い奴だ。いったいどんな人工知能を持っているんだか。
これだけでも姉さんが狙われる理由としては充分過ぎる。

さて、俺がパソコンの中をのぞくと、使用説明書と思われるものがあった。
…『思われるもの』としか言えない。
難解な化学式やら、異様に次数が多い方程式やら、正直わかるワケがない。
だがそんな泣き言は言ってられない。

姉さんが言うからには、このナイフには相当な能力が付加されているはず。
しかもエロいことに使えるような。
何より姉さんの役に立たねば。

読める部分をどうにか拾うと次のような単語が書いてあった。
『次元断層』『小型ワームホール』『空間連結』『特異引力場の発生』
これらのことから推察すると、どうやらこのナイフは次のようなモノらしい。

1.どのような物体でもその空間ごと切断できる
2.切断された空間は、実は別の次元を経由してつながっている
3.切断された空間はわずかに引き合う性質があり、接合すれば数秒で元に戻る

「またとんでもないモノを発明してくれるよな、姉さん…」
人類よ、喜べ。この理論が実用化されれば宇宙船がワープできるぞ。

と、なるとだ。
「まずは基礎的な実験だな」
俺は台所に移動した。

例えば、このナイフで大根を切ってみようか。
葉っぱの方の切断面をA、その逆をBとする。
まずAとBをくっつける。すると数秒で切れる前の大根に戻る。
「おお! これはすげぇ!」

次に切った大根を両手に持ち、それぞれの切断面を覗き込んでみる。
するとAの切断面にもBの切断面にも自分の顔が見える。
これはAの切断面からの景色が別空間を経由してBにつながっているために起こる現象だ。
「一見すると鏡みたいだが、左右が逆にはなってないな」
台所に掛けられているカレンダーの字は正常なままだ。

その状態で、テーブルの上に切った大根を置く。
置いたら切断面に腕を突っ込んで、向こうに見える自分の鼻を指で押してみる。
Aに腕を突っ込んだ瞬間、Bから指が出てきて自分の鼻を押すことができた。
空間がつながってると、こんな面白いことができるんだな。

「む、もしかして……」
自分の腕を切ってみようか?
このナイフの力ならば空間的には切断されるが、神経や血管などは繋がっていることになる。
「つまり、切られた腕を自由に動かせるはず」
はずなんだけど、さすがにビビるなこれは。
だが、仕方ない。姉さんのためだ。

「とりゃ!」
気合一発。テーブルの上に置いた左腕は、見事に切断された。
しかし全然痛くないし、血も出ない。それどころかちゃんと指を動かすこともできる。
「おお、姉さん! さすがだぜ姉さん! ひゃっほう!!」
「良かった」
「おお! ……って、え?」
いつの間にか後ろには風呂から上がったパジャマ姿の姉さんが立っていた。
パジャマが大きすぎて、袖やら裾やらがかなり余っているが。
普段掛けているメガネも今は外している。
うむ、とてもキュートだぜ姉さん。
「その調子で頼む、私は寝る」
「お、おお。おやすみ姉さん」
「靴留覗は睡眠中の私の脳に送られる」
そう言って少し首を傾げる姉さん。

正確に言うと、ベルゼブブ靴馬寝茲気譴娠覗は、姉さんのレム睡眠時に夢という形で見ることができる仕掛けだ。
もちろん専用の機材を接続しないといけないが。
睡眠中も時間を無駄にしないあたりはさすがである。

わざわざ俺が知ってることを断ってくるということは、靴留覗を見る許可を俺に求めていることになる。
つまり、この実験に本当に付き合ってくれるの?
という最終的な確認を訊かれていることになる。
これまでの実験で、姉さんにはいろいろと恥ずかしい所を見られているし、今更どうということもない。
「知ってる。がんばるよ」
だから、俺は笑ってこう返事を返した。
姉さんは小さく頷くと、
「ん、シルバーの充電は終わってる。外出するなら起こすといい」
それだけ言うとトテトテと寝室に向かって行った。
裸足の足音までキュートだぜ姉さん。