「裕子?」
「うっ。……な、何?」
「だ、大丈夫か?」
「う、うん」
「疲れているんじゃないか?目が充血してるし」
「そ、そうかな……」
「今日は早めに風呂に入って寝たほうがいいんじゃないか?」
「えっ。う、ううん。でも私、鎮男と一緒にお風呂に入りたいの」
「俺が後片付けしておいてやるから」」
「お願い。今日も一緒に入りたい」
「えっ……。あ、ああ。分かったよ。じゃあ一緒に片付けて風呂に入ろうか」
「うん」
いつも二人で入っているのだが、今日はやけに積極的に入りたがる。
裕子一人で入れば必ず沖村に忍び込まれ、悪戯されると思っているのだろう。
沖村もそれを狙っていたのだが、さすがにマンションのバスルームに大の大人が三人も入るには無理があり、悪戯する事は事実上難しい。
(まあいい。別にバスルームでなくても……)
しっとりと濡れた股間から透明な手を引き抜いた沖村が、その指を裕子の唇にそっと触れさせた。
感触が分かったのだろう。裕子は唇をきゅっと閉め、指が口に入るのを防いだ。
(風呂には入れないが、お楽しみはこれからさ)
裕子の耳元でそっと呟いた沖村は気配を消した。
慌ててジーンズを元に戻した裕子は、まだ火照っている体を悟られないように食事を済ませると鎮男と共に片づけを終え、仲良くバスルームに入っていった。
その様子をじっと眺めていた沖村は冷蔵庫を開けると、中に入っていたワインを見てニヤリと笑った――。


「いい湯だったな」
「うん」
「裕子、明日は残業になるのか?」
「多分定時で帰れると思うけど」
「そうか。たまには外食したいもんだな」
「そうね。最近は外食なんて全然していないし」
「付き合っていた頃は毎週のように外食していたのにな」
「鎮男、家で食べるようになって太ったんじゃない?」
「どうしても食べ過ぎるんだよ。裕子が作る料理が上手いから」
「ふふ、ありがと!」

白いパジャマに着替えた裕子が鎮男と共にリビングに現れた。
バスルームの中だけが気を許せた、つかの間の時間。
それを裕子は思い知らされた。

(おい)

急に耳元で囁かれ、体がビクンと震えた。

(ビールを飲んでいなかったが、旦那は酒を飲まないのか?)
「……うん」
(アルコールに弱いんだな)
「…………」

裕子は答えなかった。
髪の毛を乾かすために洗面台に戻った鎮男を見て、ギュッと歯を食いしばる。

(冷蔵庫にワインがあるだろ。あれを飲ませろ)
「い、嫌よ。どうしてそんな事」
(いいから飲ませろよ。リビングのソファーでな)
「だ、だってあのワインは記念日に飲むために……」
(逆らったらどうなるか……)
「うっ」

不意に後ろから胸を掴まれた。
まだ風呂から上がったばかりの温かい体には、その手の感覚がパジャマ越しにでも冷たく感じる。

「終わったよ」
「あっ……うん。ね、ねえ鎮男」
「んん?」
「あ、後で一緒にワインを飲もうよ」
「ワイン?どうして今日?」
「た、たまにはいいでしょ」
「でも明日仕事があるしな。一杯飲んだだけで酔っちゃうから」
「……そ、そうだね」

鎮男には見えないところ、白いパジャマのズボンの後ろが引かれ、見えない手が入ってきた。

「休みの日に飲もう。それならいいよ」
「で、でも……。私、今日飲みたいの」

裕子は両手を後ろに回し、中に入り込んだ透明な手を動かないように押さえつけた。

「……今日?」
「だ、だって……。外食の話をしていたらとても飲みたくなったから。だめ?」
「……そうだなぁ。そこまで言うなら、少しだけ飲もうか」
「う、うん。鎮男、あの……」
「なに?」
「ご、ごめんね……。わがまま言って」
「ははは、構わないよ。たまにはそうやってわがまま言ってくれる方が嬉しいんだ」

そう言って裕子の頭を軽くなでた鎮男は、リビングのソファーに座った。
後ろに沖村がいる事に全く気づかずに。