ランチタイムを過ぎた人気の少ないファミリーレストラン。
外は快晴で心地よい風が吹いているのだが、店内には強い日差ししか差し込んでこないため、大きなガラス窓には水色のカーテンが下ろされていた。
店の奥にある禁煙席に座っているのは紺色のリクルートスーツに身を包んだ若い男性。
二十代前半だろうか。黒い短髪が爽やかな印象を感じさせた。
アイスコーヒーのグラスが汗をかいているところを見ると、結構前から座っているようだ。
誰かと待ち合わせをしている感じだが、いらだっている様子もなく、ただカーテンの隙間から見える窓の外をじっと眺めているだけだった。
「いらっしゃいませ」

白いブラウスにオレンジ色のスカートを穿いた店員が、今しがた入ってきた客を出迎えた。

「お一人ですか?」
「ええ、そうだけど……。あっ、いた。あそこに座っている人と待ち合わせをしていたの」

女性が指差した先には、あのリクルートスーツを着た男性がいた。
男性も気づいたのか、軽く手を振っている。

「アイスコーヒーを持ってきてくれる?ブラックで飲むからミルクとシロップはいらないわ」
「はい、それではすぐにお持ちしますので」

入り口で注文を済ませた彼女は、彼の座っているテーブルへ向かった。
歩くたびに淡い茶色のワンピースの裾がゆれて涼しげな感じだ。
素足の彼女はワンピースよりも少し濃い茶色の、おしゃれなサンダルを履いていた。

「やあ景子。久しぶりだな、四年は経ったか」
「そうね。ちょうど四年ってところかしら」
「元気だったか?」
「ええ、元気だったわ。和馬は?」
「ああ、俺も元気さ」

ワンピースを押さえながら対面に座った景子は、優しく微笑んで見せた。

「随分男らしくなったわね。髪の毛もばっさりと切って」
「景子こそ……すごく綺麗になった。大人の女性って感じだ」

久しぶりに会う互いの容姿を見て、四年という年月が過ぎ去ったことを改めて認識した二人。

「お待たせしました」

ウェイトレスが現れ、景子の前に注文したアイスコーヒーをそっと置いた。

「あ、ミルクとシロップはいらないって言ったでしょ」
「あっ……。す、すいません」
「いいよ。そのまま置いといてくれれば。俺もアイスコーヒーを頼むよ」
「す、すいませんでした。アイスコーヒーですね。すぐにお持ちします」

ウェイトレスは恥ずかしそうに頭を下げた後、早足で厨房へと歩いていった。
その後姿を見ながら、「もう。何も聞いてなかったのかしら」と口を尖らせた景子。

「くすっ」
「何がおかしいのよ?」
「だって……すっかり『私』に成りきってるからさ」
「それはお互い様でしょ」
「そうだけどさ。妙にハマッてるよ」
「それだけ月日が経ったって事でしょ」
「そうだな。えっと、高二の時からだから……六年か」
「そうよ。六年……」

和馬が背もたれにもたれ掛かり天井に向って大きく息を吐くと、景子はテーブルに両肘をついて顎を乗せた。

「六年かぁ」
「そう。この六年で色々な事があったわ」
「俺だってそうさ」
「誰にも言ってない?」
「もちろん。言ってないんだろ?」
「言ってないわよ」

「お待たせ致しました」

非常に早いタイミングでアイスコーヒーを持ってきたウェイトレスは、景子に視線を合わさないようにしているようだった。

「ああ。このグラスをさげてくれないか」
「はい。それではごゆっくり」

ウェイトレスが離れた後、和馬はシロップとミルクをカフェオーレ並みに入れると、スプーンでかき混ぜ始めた。

「甘党ね。最初からカフェオーレを頼めば良かったのに」
「まあな。景子はいつもブラックで飲んでいるのか?」
「うん。やっぱり甘すぎるのはダメなの。体が変われば感覚も変わると思っていたんだけどね。女友達とケーキバイキングに行ってもあまり食べられなくて、損ばかりしているわ」
「そっか……。俺はこの体になってから意識するほど損したと思った事は無いけどな。ああ、一つ言えば女性に奢る機会が多くなったから小遣いが厳しい事か」
「へぇ〜。女性に奢ったりもするんだ」
「まあな、会社の同僚や後輩と飲みに行くときもあるし」
「そうなの。楽しそうね」
「……ま、まあ。そうだな」

うらやましがる景子に、和馬は少し言葉を濁らせた。
華奢な手でグラスを持ち、ほんのりと赤い唇をストローにつけた景子。飲む仕草はとても女性らしく、彼女が元男性だとはとても思えない。
対してカフェオーレのように白くなったアイスコーヒーを血管の浮き出た手で握りしめ、ストローで半分ほど飲んだ和馬を元女性だとは思えなかった。