(よーし、俺は美穂ちゃんになりきって……へへ。この状況を楽しまないでどうする?)


 勉は思い切って自分から、「あとどれくらいの時間で着くの?」と、美穂の真似をして女性に質問してみた。
「そうね、二十分くらいかしら」
「そっか。二十分……」
「どうしたの?」
「ううん。何でもないよ」
「そう。ねえ美穂ちゃん、ジュースでも飲む?」
「ううん、いらないわ」

 美穂として女性と話す勉。全く疑う様子の無い女性を見ながら、してやったりという表情をした勉。
 
これなら誰にも気づかれないだろう。

 
 鏡の前に座り、少し乱れてしまった髪の毛を整えてもらった勉。
 鏡に映るアイドルとして完成した「摩堂美穂」の姿。
 どこから見ても美穂。胸の前に両手を添えて、緊張している気持ちを落ち着かせようとする仕草をしてみる。
 目の前の美穂が、本当に気持ちを鎮めようとしている様に見える。真剣な表情で勉を見る美穂。
 その美穂の表情は、勉がそうさせているのだ。

「た、たまらん……」

 思わず声を出してしまう。

「どうしたの?」

 女性が不意に話し掛けてきたので、「あ、な……何でもないです」と、ごまかした。

(やばいやばい。バレたら大変だ…)

 そう思った勉は、黙って鏡の中の美穂を楽しんだ。髪を掻き上げたり、ちょっと微笑んでみたり。勉がそうしてほしいと思った仕草を美穂は忠実に行った。周りに人がいるにも関わらず、勉は美穂を自由に操れるという欲望にのめり込んでいた。

「さっきから何してるのよ。もしかして緊張してるの?」

 美穂の身体で遊んでいた勉。

「えっ…う、ううん…」

 急に話し掛けられて少し驚いてしまった。話し掛けてきたのは、いつの間にか勉と同じ衣装を身に纏った香奈だった。鏡に二人の顔が映る。これが勉の大好きな女性アイドル『ツートップ』なのだ。
 化粧をして、美穂と同じ衣装を着ている香奈は少し大人っぽく見えた。前屈みになっている香奈の胸元には、しっかりと谷間が出来ている。美穂にも負けないその谷間を見て、鼻の下を伸ばしっぱなしの勉であった。