一月一日



 勉はいつもの目覚し時計とは少し違う電子音で目を覚ました。

「う……んん」

 正月から目覚しをセットした覚えの無い勉は、いつも置いてある枕の右上に手を伸ばすと、ごそごそと手を動かして時計を探した。

「んん……あれ」

 まだ寝ぼけているせいか、なかなか時計に手が当たらない。それよりも、今つぶやいた声に違和感を覚えた。まるで自分の声では無いような……甲高い声に聞こえたのだ。

「んん?」

 自分の耳に入るその声を聞いて、一瞬風邪をひいたのかと思った勉。まだ鳴り止まない目覚し時計を止めようと、勉は布団から上半身を起こした。
 布団の上に座り、妙に柔らかく感じる掛け布団を眺める。

「ふぅ……はぁ?」

 どういう訳か分からない。でも、勉が見ている掛け布団は明らかに自分のものではなかった。白い色はおなじでも非常に軽く、まるで「羽毛」布団のようだったのだ。そして、その布団を持っている自分の手。
 まだ寝ぼけているのだろうか?

「何だ?この手」

 これが自分の手だと言われても絶対に信じない。
 女性のように白くて細いその手が黄色いパジャマの裾から出ている。そして、その黄色いパジャマは勉が着ているのだ。どうして黄色いパジャマを?
 それに、先ほどからずっと口を開く度に違和感を覚える。本当に自分の声には聞こえない。

「…………」

 どうなっているのか?

 勉は更に俯いて自分の上半身に視線を移してみた。
 いつのまにか着ていた黄色いパジャマ。その黄色いパジャマの胸元を見ると異様に膨らんでいる。
 その胸の手を当てた勉。

「いっ……な、何だ?これ」

 手のひらには「肉」を掴んだ感触があった。そして、その「肉」からは、捕まれたという感覚を感じたのだ。慌てて顔を上げると、初めて耳元に髪が触れた事に気づいた。

「えっ!」

 スポーツ刈りの勉にはありえない髪の感触。
 そして、やっと目の前には見覚えの無い部屋が広がっている事にも気づいた。
 あの狭くて汚い部屋とは全く違う、八畳ほどある絨毯張りの部屋。
 白い壁紙は、どこかのホテルの部屋にも見える。

 勉はゆっくりと部屋の中を見回した。昨日まで過ごしていた部屋にあったものは一つも無い。まるで寝ている間に誰かに拉致され、知らない部屋に連れて来られたかのようだった。

「ど、どこだ?ここは……それにこの髪の毛」

 手で髪の毛を触ってみる。目の前まで持ってきたその髪はサラサラした茶色をしており、やたらとシャンプーの香りが漂っていた。

 とにかく布団から出ようとした勉。敷布団だと思っていたそれは、ベッドだったのだ。
 どうしてベッドに寝ていたのかは分からないが、絨毯の上に立ちあがり、俯いて自分の身体を見てみる。
 目に映る身体に言葉が出ない。自分の身体ではない事は明らかだった。これではまるで女性の身体……。
 勉は部屋の壁際にあった鏡台を目にすると、それに向かって歩き始めた。歩く感じも全然違うのだ。

「な、何だよ一体……」

 急いで鏡台に自分の顔を映し出す。いや、正確に言うと自分の身体を映し出したのだ。

「あっ……」
 
 あまりの驚きに次の言葉を出す事が出来なかった。
 鏡に驚いた表情で映ったその顔は……あのアイドル、摩堂美穂だったのだ。
 化粧はしていなかったが、勉には彼女の顔だと一目で分かる。

「み……美穂ちゃん……」

鏡に映る美穂がそうしゃべる。勉がしゃべったはずの言葉を鏡に映っている美穂がしゃべっているのだ。先ほどから感じていた違和感のある声。密かに聞いた事のある声だとは思っていたが、それが美穂の声だったとは……

「あ…お、俺??これが俺?」

 また鏡に映る美穂がしゃべる。
 勉は自分の頬をギュッと抓ってみた。

「うっ……」

 頬から痛いという感覚が伝わる。そしてその痛みに顔を歪めた美穂の表情が鏡に映っている。

「や、やっぱり俺……み、美穂ちゃんに……」

 何故だか分からないが、どうやら勉は『摩堂 美穂』になってしまったようだ。
 きっとこの部屋は彼女が泊まったホテルの一室なのだ。