「ならば別にズルしたわけじゃないだろ」
「よく見て、この手を」
「ん?」
「何か感じない?」
「何かって別に……」
「この手、私の手じゃないんだよ」
「え?」
「私の指、こんなに長くないしマニキュアなんて塗った事もないもん」
「ど、どういう事だよ。俺にはさっぱり……」
「この手、実は啓子姉の手なの」
「……は?」
「実は……」

亜樹は非現実的な事実を優二に話した。
もちろん優二は信じようとしない。




「どうしたら信じてくれるのかなぁ」
「信じてくれるのかなぁって、信じられるはずが無いだろ。首から下がお姉さんの体だなんて」
「言ったでしょ。摩訶不思議なクリームがあるの。だからこうやって私が啓子姉の体にくっついて使っているのよ」
「じゃあさ、俺の前で離れてみてくれよ。亜樹とお姉さんに分かれられるんだろ。そしたら信じるよ」
「それがね、分かれたら私は裸で優二の前に現れることになるの。それって恥ずかしいでしょ。それに啓子姉もびっくりするだろうし。啓子姉には知られたくないのよね」
「本気で言ってるのか?」
「う〜ん……」
「そりゃさ、短期間であんなに上手くピアノが弾けるようになるなんて信じられなかったけど、それは亜樹が目の下にクマを作るくらい頑張って練習してくれた成果なんだよな」
「練習はしたんだけどね。すごく頑張ったんだよ。でも結局優二の言うとおり、両手が同じように動いちゃって。やっぱり私には無理なんだって分かったの」
「でも、実際には上手く弾けてた」
「さっきも話したでしょ。前に噂で聞いた男子生徒の事を思い出して、美保たちに色々と調べてもらったって。大変だったんだよ。分かったのが今朝で、その子に連絡を取れたのが八時くらい。相談したら面白いサンプルをやるって言われて、取りに行ったのが九時でしょ。家に帰ってきたら、啓子姉は何処かへ出かけようとしてたんだ。慌ててクリームを使って啓子姉の体を借りたの。ほんとは自分の服に着替えたかったんだけど、時間が無かったからそのまま優二に会いに行ったってわけ。私の体にこの服が似合うはず無いじゃない」
「……そう言われてもなぁ」
「啓子姉のお尻、私のお尻とは違うでしょ。だから階段で見てたんじゃないの?」
「それは……まあ……。だけど、亜樹がそのスカートを穿いても同じように見えるんじゃないのか?」
「私、申し訳ありませんが、こんなにウェストが細いスカートは穿けません!」
「…………」
「胸だってこんなに大きく無いもん」

ブラウスの襟元を引っ張り、中を覗き込む亜季に、優二は少し顔を赤くした。

「お、おい……」
「へへ。優二ったら恥ずかしんだ」
「そ、そりゃ……目の前でそんな事されたら恥ずかしいに決まってるじゃないか」
「そうなんだ。じゃあこれは?」
「う……」

亜樹は両手で胸を寄せると、優二の前で前かがみになってみせた。
襟の広いブラウスの隙間に、胸の谷間が少しだけ見えている。

「や、止めろよ。そんな事」
「あはは、だって私の体じゃないから恥ずかしくないんだもん」
「…………」
「あ、そうだ!ここを見れば分かるんじゃない?」
「え?」
「よく見てよ。微妙に色が違うかも」

襟を少し開き気味にした亜樹は、顎を上にあげて喉元を見せた。
優二は少し顔を赤らめながら、その喉元をじっと見つめた。
すると、首の根元の辺りに若干の色の違いを感じる。日焼けにしてはおかしな色の変わり方だ。
Tシャツを着ていたとしても、この部分から色が変わるのはおかしい。

「どう?」
「……首の根元くらいから白くなっている感じだな。上の方が若干黒っぽいよ」
「それが私と啓子姉のつなぎ目かな」
「日焼けにしてはちょっと違うか。微妙なグラデーション……って感じだな」
「信じてくれた?」
「……ま、まあ……な」

その視線は首の根元ではなく、もう少し下のブラウスの中に落ちていた。
亜樹がブラウスを開いているせいで、高校生では付けないであろう豪華な刺繍のついた白いブラジャーがチラリと見えている。

「何、覗き込んでるのよ」
「あっ……べ、別に覗き込んでなんか……」
「恥ずかしいなんて言って、見るとこちゃんと見てるし」
「ち、違うって……」
「……ねえ優二。いいよ、別に」
「えっ……な、何が?」
「私の体じゃないし、優二がしたいっていうなら」
「ば、馬鹿だな。俺はそんな事を思ってるわけじゃ……」
「言ってる事と体の反応が逆だよ」
「あっ!」

優二は慌てて股間を押さえた。

「あはは。冗談よ、冗談。さすがに啓子姉の体でエッチするわけにはいかないもんね」
「あ、あたり前じゃないか。からかうなよ」
「信じてくれるでしょ。啓子姉の体だって」
「……わ、分かったよ。最初は信じられなかったけど」
「こんな形だけど、約束を守ったって思ってくれる?」
「……微妙に反則だけど、たくさん練習して頑張ってくれてたみたいだからな」
「へへ、ありがと」
「でもさ、俺は下手でもいいから練習の成果を聴かせて欲しかったな」
「優二……」
「いいよ。それだけ俺の事……想ってくれてるんだよな」
「……うん。わ、私は優二の事が……そ、その……」
「俺は亜樹のことが大好きだからさ」
「……うん。私も……優二が大好き!」

二人は真っ赤な顔をしたまま、しばらく会話が出来なかった。


「そ、そうだ。あまりゆっくりしていられないの」
「どうして?」
「後少しで、啓子姉の体から強制的に引き離されるのよ」
「時間が決まっているのか?」
「八時間くらいって言ってたの。だから……」
「そうなんだ。どうする?」
「先にケーキを食べようよ。今、啓子姉と分かれたらややこしくなるから」
「そっか。じゃあ……」

亜樹たちは、少し慌てながら一階のキッチンでケーキを食べた。
折角ならロウソクを立てて、もう一度歌いながら……と思っていたのだが、その間に体が分かれてしまうと大変な事になる。

「お誕生日おめでとう」
「ああ」

少し味気無かったが、それでも二人は十分だった。