「まずいなぁ。約束したのに」

部屋に戻った亜樹は、全く弾けない自分に焦りを覚えた。
優二の言っていた通り、右手と左手の指が同じように動いてしまう。
それどころか、和音もろくに覚えられないのだ。

「どうしよう」

じっと手を見つめたところで、上手くなるはずが無く……。

「すぐ弾けるようになる方法があればいいのにな。例えば催眠術とか超能力とかで」

焦りからか、亜樹は現実的ではない事を考え始めていた。
現実的ではない事と言えば、学校である噂を聞いたことがある。

「……そう言えば誰だっけ。変わったことが出来る人がいるって話したような気がする。えっと……確か……」

友達の又聞きの又聞きで名前をよく覚えていないが、そういう非現実的な事が好きな男子生徒の話が話題になった記憶がある。

「誰と話したときだったっけ……う〜ん」

記憶を手繰り寄せたが、どうも思い出せなかった。
その男子生徒を思い出したからと言って問題が解決できるとは思えない。
しかし、今のままでは確実に約束が守れないと分かっているので、何か行動を起こしたいのだ。

「美保たちに聞いてみようかな」

仲の良い数人の友達にメールした亜樹は、最後の足掻きとばかりに啓子の部屋へ戻り、啓子先生の指導の下、夜遅くまでピアノの練習をしたのであった。