姿身の前で映る彼の姿。
最初は全身が映っていたのだが、不思議な事に上半身だけが宙に浮いているように映った。
下半身は姿見に映っていないのだ。
そうかと思うと、今度は首から上しか映っていない。
更には、足だけ。手だけ、そして男の象徴だけという風に、彼は身体の存在を自由に変化させる事が出来た。
透明人間になっているわけではない。
消えている部分の存在がなくなるのだ。
まるで、消えている部分は四次元の世界に隠されたかのように。
だから、身体が完全に見えなくなるという事は、この三次元の世界に存在していない事になるのだ。

彼はこの能力を使って、嫌いな友達への仕返しを行った。
友達が歩いている最中、足だけを出して転ばせたり、拳だけを出して後ろから殴ってみたり。
講義を受けている最中に脇をこそばして笑わせたこともある。
一通りの仕返しを行った後に気づいた事。
それは、予想外の場所に姿を現せるという事だった――。



今年二十二歳。
事故が起きる前は、大学で同じサークルにいた女性と付き合っていた。
しかし入院後、しばらくすると彼女は彼の元から去っていった。


「もう元には戻れないのか?」

遭うことを躊躇していたが、やはり彼女を忘れることが出来なかった道夫は退院後、初めて顔をあわせた。

「……ごめん……」
「俺のこと、嫌いになったの?」
「……そ、そうじゃないけど。道夫が嫌いになったんじゃないよ」
「じゃあどうして」
「……それ以上に、今の彼が……好きになっただけ」
「そんな……」
「道夫は3ヶ月も入院してたんだよ。私、寂しかった……」
「だ、だったら俺、戻ってきたんだから。以前のように付き合おうよ」
「だから……もう無理だよ。彼……仁志とは別れられない」
「里香……」

何となく分かってはいたが、それでも道夫はショックだった。
そう、元はといえば、里香を助けるため事故に遭ったようなものだ。
悲しみと怒りに似た感情が体の中を渦巻いた。
道夫としては、里香にとって命の恩人だと思っていたのに。

「どうしてずっと来てくれなかったんだよ。そうすれば寂しくなんかなかっただろ」
「……それは……」
「事故に遭ったのは里香を助けるためだったんだぞ」
「……それは分かってる。だから……しばらくはお見舞いに行ってたでしょ」
「だから、どうしてずっと来てくれなかったのかって聞いているんだ」
「……ちょっと……疲れちゃったから……」
「疲れた?」
「……だって……そこまで深い仲って訳じゃなかったし……」
「なっ……」
「本当は……その……付き合っていたというよりは、仲のいい友達の一人としてしか見れなかった」
「…………」
「道夫は……もっと深い関係を望んでいたと思うけど、私は……」
「そ、そうなんだ。俺が勝手に付き合ってるって思ってただけなんだ。は、はは……」
「ごめんね。ちゃんと話をすればよかった。でも、中々タイミングが難しくて。だから、嫌いじゃないけど……好きっていう感情も大きくないの」
「そうか……」

道夫と付き合っていたことが、里香の負担になっていたのかもしれない。
でも、道夫は里香が好きだったのだ。

キスを望んでも受け入れられない。
セックスを望んでも否定される。
それは、まだ付き合いが浅いからだと思っていた。

「どうしても俺とは付き合えないのか?」
「……うん」
「そうか……」

自分には戻ってこない。
それを確信した道夫は、妙に落ち着きを取り戻した。
そして、大きく深呼吸をした後、微妙な笑みを浮かべた。