開いた窓から入り込んでくる爽やかな風の香り。都会生まれの私にとっては、この蒼く茂った田んぼの中を走る一両編成という電車はとても珍しかった。
 妙に揺れがひどかったけど、それもまた新鮮。私の他に二人のおばあさんが座っている。 でも、二人とも八十歳を超えていそうだ。田舎ならではの服装に、顔中に皺が出来て背中も丸い。それでいて、すごく元気そうに見えた。
 こんなにたくさんの山を見たのはどのくらい前だろう?小学校の遠足以来かもしれない。 目に飛び込んでくる深い緑の木々が余計にそう思わせた。
 ほんの数時間前まではビルに囲まれ、慌しい人たちが行き交う街にいた私は、この景色を見ていると異次元に迷い込んだんじゃないかという錯覚に陥った。

「元気にしてるかな?」

 小さい頃の思い出を手繰り寄せ、あの頃一緒に遊んでいた幼馴染の郁美ちゃんを思い出す。小学校まで近くに住んでいたけど、私が中学に上がると同時に親の都合で田舎に引越していった。とても仲良しで、よく郁美ちゃんの家で遊んだ。だから、引越す時はとても寂しかったし、何度も引越し先に遊びに行こうと思っていた。
 でも、電車を乗り継いで八時間という道のり。中々実行に移すことが出来ず、次第に会いたいという気持ちも薄れてしまった。他に親友と呼べる友達や彼氏が出来たからかもしれない。
 年賀状だけは毎年欠かさず送っているけれど。



――あれから六年。

 私は十八歳。そして郁美ちゃんは十七歳になった。
 そんな郁美ちゃんから「どうしても会いたいから遊びに来て」という誘いの電話があった。妙に遅い時間に、しかもこれまで電話を掛けてくることなんて無かった郁美ちゃんだけに驚いたけど、久しぶりに聞く声に懐かしさを感じた。
 そして、部活動も無い夏休みの三泊四日。私は初めて郁美ちゃんの家に遊びに行くことにした。

「志賀水原〜。志賀水原〜」

 一応、駅名をアナウンスしてくれる運転手、兼車掌さん。
 私は三日分の着替えを詰め込んだボストンバッグを肩から提げると、透き通った空気の無人駅へと足を踏み出した――。