次の日。
九時半に目覚ましをセットしていた志郎は、アラームよりも先に女性の声で起こされた。

「早く起きてよ。もう九時じゃないのっ」
「ん……んん。もうちょっと寝かせてくれよ」
「だめっ。今日は何の日か分かってるの?」
「ん〜。さぁ……」
「もうっ!早く起きなさいっ!」
「んう……うわっ!」

無理矢理掛け布団を剥がされ、ベッドから転げ落ちた。
まだ眠気の取れない顔を絨毯に擦り付ながら細く目を開くと、白い靴下を穿いた括れた足首が。

「……んん〜……」

その足の生えている方向へゆっくりと顔を上げてゆくと、デニムスカートの中にピンクのパンティが見えた。

「んん……ん?」
「そんなに妹のスカートの中を覗きたいの?」
「……あ、ああ。裕香……か」
「ああじゃないわよ。早く起きてよ」

裕香はちょっと怖い顔で睨み付けた後、まだ絨毯の上に転がり落ちたままの、志郎の顔の前にしゃがみこんだ。
両膝を軽く開いたままなので、志郎の目の前には薄いパンティの生地越しに裕香の股間がかなりの迫力で見える。
妹とはいえ、成人した身体。
眠気がスッと消え、頭を反対側に向けて視線を逸らした志郎は、

「お、おい……み、見えてるぞ」

と呟いた。

「いいじゃない、兄妹なんだから」
「兄妹だってな。お前はもう二十歳なんだから」
「良かったね、美人の妹のスカートの中が見れて」
「自分で言うなって」
「へへ。別に自分で言ってるわけじゃないけどね」

ゆっくりと起き上がり、ベッドに腰掛ける志郎を見ながら裕香もスッと立ち上がった。
腰に両手を当てて、ちょっと偉そうなポーズ。
高校まではショートカットで髪を茶色く染めていた裕香も、今は肩よりも長くて黒いストレート。
大学に入ってからは大人びた雰囲気を漂わせるようになっていた。
童顔だった顔も、顎がシャープになってお姉さんの雰囲気。
体つきも――というか、別に妹を恋愛対象に見るわけではないのだが。

「お兄ちゃん、もしかして興奮してるの?」
「はあ?」
「そんなに股間、膨らませてちゃって」
「……こ、これは……せ、生理現象だって」

Tシャツに短パン姿の志郎は、ちょっと恥ずかしそうに両手で前を隠した。

「妹に欲情するなんて、お兄ちゃんも変態だね」
「だから違うって」
「いいのいいの。私、そんなお兄ちゃんが好きだから」
「な、なに言ってんだよ」
「別に。気にしないで。それよりも早く用意したら?」
「よ、用意って何の用意だよ」
「決まってるでしょ。今日は博和さんと待ち合わせしてるんでしょ」
「ええ……あ、ああ……って、どうしてそれを知ってるんだ?」
「へへ〜ん。教えて欲しい?」
「…………」

黄色と白のチェック柄をしたブラウスの前で腕を組んでニヤニヤと笑っている。
Dカップが腕の上に乗って、その存在をアピールしているかのようだ。
そんな胸に一瞬視線を向けた志郎は、じっと裕香の目を見た。

「……何?私の顔に何か付いてる?」
「……そうだな。憑いてるのは身体の方だと思うけどな」
「活字なら分かるけど、言葉でしゃべると分かりにくいよね」
「そんな事はどうでもいいんだ。いつから裕香に乗り移ってるんだ?」
「そうねぇ。八時くらいからかな?興奮して早く目が覚めたから迎えに来ちゃった」
「で、わざわざ裕香に乗り移って俺を起こしに来たと?」
「そう。それにしても裕香ちゃん、すごく綺麗になったよね。びっくりしたよ」
「はぁ〜。いつまでそのしゃべり方するつもりだ?」
「いいでしょ、身体にあったしゃべり方のほうが。お兄ちゃんも違和感ないだろうし」
「そういう問題じゃなくてさ」

志郎はベッドの上に置いていた目覚ましで時間を確認しながら、アラームのスイッチを切った。

「もうすぐ九時半か。じゃあ裕香の身体に一時間以上乗り移っていたって事だな」
「まあ……そういう事かな。えへっ!」

わざとらしく笑顔を作る裕香。その裏には少し気が引けた表情が見え隠れしていた。

「何かしたのか?裕香の身体に」
「べ、別に何もしてないよ。そんな事するはずないじゃん」
「俺の妹なんだぞ」
「だから何もしてないって。それより早く行こうよ、時間が勿体無いでしょ」
「……ったく。ま、俺もお前が結婚する前に有紗さんの身体を弄んだからな」
「まあ、あれは俺のためって事で。あ、素に戻っちまった。折角最後まで裕香ちゃんの真似しようと思ってたのに」

裕香の声で博和のしゃべり方をされると妙に違和感を感じてしまう。
やはり他人が乗り移っているというのは不思議な感覚だった。
いつもと同じ裕香の姿。しかし、その身体には博和の魂が入り込んで好き勝手に操っている。
何でもさせることが出来るのだから、改めて考えると怖いものだ。

「まだ朝飯も食べてないのに」
「関係ないだろ。幽体になれば」
「そうは言ってもな」
「なあ、早く行こうぜ。俺、裕香ちゃんの身体から抜け出るからさ」

裕香に乗り移っていた博和は「う〜ん」と背伸びをすると、そのままスッと裕香の身体から抜け出た。
両手を上にあげた裕香が、しばらく目をパチクリさせている。
そして、何気に志郎に視線を合わせた。

「……あれ、お兄ちゃん?」
「……何だ?」
「どうしてお兄ちゃんがここに……っていうか、どうして私、お兄ちゃんの部屋にいるの?」
「さあ。それは俺が聞きたいよ」
「え?えっ?ど、どうして?ええっ!もう九時半過ぎてるのっ!」
「ああ」
「私、九時半に友達と会う約束してるのにっ!どうしてくれるのよっ」
「俺のせいじゃないって。それよりもう少し寝たいんだから早く部屋から出て行ってくれよ」
「あっ……う、うん……でもどうしてよ、おかしいなぁ……」

困惑する裕香を適当にあしらい、部屋から追い出した志郎はベッドに横たわった。
すでに眠気は覚めてしまっているが、これが志郎の得意技だろうか。
眠ろうと思えばすぐにでも眠り、その身体から幽体になって抜け出すことが出来る。
今もこうやって目を閉じれば、フッと眠気に襲われ、スッと身体から幽体が現れる。

(お、出てきた出てきた)
(……見えるんだな。やっぱり)
(そりゃそうさ、幽体同士なんだから)
(ちょっと感動するな。自分以外の幽体を見るのって)
(そうか?俺は別に何とも思わないけどさ)
(まあ、博和とは感動するツボが違うからな)
(それって俺が鈍感だって事か?)
(別にそんな事を言っているわけじゃないさ。ほら、時間が勿体なんだろ)
(ああ、そうだった!早速物色しようぜ)
(物色って……お前ってそんな失礼な言葉を使うようになったのか)
(え、いやすまん。マジで失礼だったな。僕達に身体を貸してくれる素敵な女性を探しに行こう)
(都合のいい奴)
(まあな……って、何か俺とお前って立場が逆転したって感じだよな。昔は志郎の方がはしゃいでたのに)
(そうか?ノリはあまり変わらないと思うけど。まあ、あの頃は若かったからな)
(まだ何年も経ってないって)
(それに、俺より博和の方が新鮮に感じられるだろうから)
(そりゃ、こんな事出来るようになって間がないからなぁ)
(まあいいや、とりあえず……)
(行こうぜ!)

こうして幽体になった二人は部屋の壁を難なくすり抜けると、人が集まる駅前へと急いだのだった。
その頃、裕香は何故穿いていたパンティが変わっているのか理解できなかった。
確か、ピンクではなく白いパンティを穿いていたはず。

「おかしいなぁ……」

何度考えても思い出せない。七時半に起きて身なりを整え、朝食を取ったところまでは覚えている。
しかし、その後の記憶が全くないのだ。

「う〜ん……私、痴呆症にでもなっちゃったのかしら?」

そんな事を呟きながら、先ほど電話で誤った女友達を待たせまいと玄関から走りだした裕香。
もちろん、いやらしい愛液で濡れた白いパンティがくしゃくしゃに丸められて洗濯籠に入っていることは知る由もない――。