唯子には小さな頃から不思議な能力があった。
眠っている間に自分の体から魂が抜け出てしまう「幽体離脱」という能力が。
最初は怖かった。
幽体離脱するたびに死んでしまうのではないかと思った。
しかし、日常的に起きる出来事は、次第に恐怖感を後退させていった。
徐々に幽体離脱している時間が長くなる。
そして、初めて自分の部屋から飛び出した時のドキドキ感。
更には、幽体のまま空を飛び回った時の爽快感。


――誰も信じてくれなかった。
そして、こんな能力……特異体質の唯子を受け入れてくれる男性はいなかった。
将冶を除いては。

将冶は唯子を馬鹿にしたり気持ち悪がらずに、真摯に受け止めてくれた。
だから将冶に全てを話した。
そして結婚した。


――唯子は放課後、自分が担当しているコーラス部の部活動を早めに終わらせると、音楽室の鍵を持って職員室を後に

した。それを見ていた将冶が、周りの先生の目を気にしながら同じく職員室を出る。
廊下には唯子の姿は無い。でも、唯子とあらかじめ打ち合わせをしていた将冶は、プールと水泳部の部室がある体育館

裏に向った。

「先生、さようなら」
「ああ、さようなら」
「先生、またね〜」
「ああ、気をつけて帰るんだぞ」

数人の生徒と挨拶を交わした将冶は、プールの見えるところで立ち止まった。
水泳部の姿が見えたが、ちょうど終わったのか後片付けをしているところだ。

「ちょうど終わったんだな」

そう呟いた後、唯子からの連絡を待った――。




その頃、唯子は一人音楽室にいた。
中から鍵をかけて誰も入れないようにして。

「鮫白さんか……これで何人目かしら?」

音楽室の奥にある椅子に座り、楽な体勢を取る。
そろえた膝の上に軽く両手を乗せ、ゆっくりと目を閉じて浅い眠りに入った。
しばらくすると、唯子の体からふわりと薄白い魂のようなものが抜け出た。
その色はとてもとても薄く、人の目に見えるものではなかったが、徐々に形を形成し
唯子の裸体となって定着した。
もちろん、この状態でも人の目には見えない。

(もう水泳部、終わっているかな?)

誰にも聞こえない声で呟いた唯子は、スッと壁をすり抜けると一直線にプールへと飛んだ――

つづく。