「ほ、ほんとにいいの?英莉香」
「構わないわよ。私も一度他人になってみたかったし。それも社長令嬢の歩美になるんだったら大歓迎よ。毎日美味しいもの食べられるし」
「あ、あまり美味しくないかもしれないけど」
「それは歩美が毎日高級料理ばかり食べているからでしょ。私はフランス料理やステーキなんて殆ど食べないから」
「あ、うん」
「好きな物、買ってもいいんでしょ」
「うん、いいよ。私のカードで払ってくれればいいから」
「う〜っ!何買おっかなぁ。買いたいものがありすぎて迷っちゃうよ」
「100万円くらいまでなら親は何も言わないと思うよ」
「100万円も使っていいの!!うれし〜!じゃあ早速いくよ」
「うん。あ〜、何だかドキドキする」
「え〜、今更何言ってるのよ。歩美が言い出したんだよ、晶とエッチしてみたいって」
「あ……そ、それはそうなんだけど……実際にするって事になると緊張しちゃうよ」
「心配ないって。少しくらいおかしくてもきっと分からないわよ」
「そ、そうかな……」
「ほら、早く人形を交換しましょうよ」

私の目の前にいるのはクラスメイトで親友の英莉香。
黄色い髪を赤いリボンでポニーテールにまとめている彼女は、引っ込み思案で前向きに話せない私とは対照的な性格。
それに綺麗だから……男の子にもすごくモテてる!
私はそんな英莉香がうらやましいと思っていた。
幾らお父さんが社長でお金を持っていても、幾ら不自由の無い生活が出来ると言っても――
男の子にちやほやされる英莉香の前では、私の存在はくすんで見えた。
別に男の子が寄ってこないわけじゃない。でも、私に言い寄ってくる男の子は、みんなお金が目当てみたい。だから私を本気で好きだと思ってくれる人はいないと思う。

それに比べて英莉香は――

この前、英莉香に新しい彼氏が出来た。
晶君という、1年先輩の野球部。
英莉香とはすごくフィーリングが合うみたいで、いつも二人で過ごしている楽しい時間を聞かされる私は余計にうらやましく思った。
そんな時に、ふと手に入れた人形。
この人形にお互いの髪の毛を入れて交換し、手を握り合えば体を入れ替える事が出来るという。
私が英莉香に相談すると、英莉香は少し考えた後でOKの返事をくれた。
英莉香の姿を借りて、晶君と楽しんでもいいって。
その代わり、英莉香は私の姿で好きな物を買ってもいいという条件。
英莉香にとっては、恋愛感情よりも物欲の方が上みたい。

お金が目当てじゃない男の子と過ごす時間。そして、経験した事の無いセックス。
その日が来る事を願い、知識だけは人並み以上に蓄えた私にとって、初めて実践する行為はどんなだろう?

「いくよ歩美」
「う、うん」

自分達でお互いの髪に似せるよう、作り直した人形。
私と英莉香は、お互いの人形を手に持つと、空いている手をつなぎあった。
ドキドキが止まらない瞬間。

すると――

「「ううっ!」」

緊張を通り越して、痛いくらいに激しく高鳴る鼓動。
それは英莉香も感じていたかもしれない。
その胸が締め付けられるような苦痛にギュッと目を閉じた私は、英莉香の手を強く握り締めた。



――数秒後。
鼓動が次第に収まってゆく。
そして、胸の痛みが遠のくのを感じた私は、ゆっくりと目を開けた。

「…………」

そこには、驚いた表情で私を見つめる――私が立っていた。

「えっ!?」
「あっ……わ、私?」
「あっ。えっ?英莉香?」
「う、うん。じゃ、じゃあ……歩美なの?」
「うん」
「うそっ……す、すごい……」

私達は手を握り合ったままお互いの姿を眺めていた。
目の前に私がいる。
そして、その私の瞳に映るのは私ではなく、英莉香。
それは、私達の体が入れ替わってしまったという事。

「ほ、ほんとに出来たんだ」
「う、うん」

私になった英莉香が、教室の窓ガラスに薄っすらと映る自分の姿を見ている。
私もその隣で、自分の姿を映した。
窓ガラスに映る私は、黄色い髪を赤いリボンでポニーテールにした英莉香。
そして、隣にいるのは淡いブルーの髪を束ねた私。

「誰が見ても歩美だよ」
「私も……誰が見たって英莉香だよね」
「うん」

この不思議な感覚を共有した私達は、しばらくして別行動を取る事にした。
英莉香は私の家に。
そして私は、もうすぐ部活の終わる晶君の下に。

「それじゃあ明日の朝、元の姿に戻ろうね」
「うん」
「晶って、結構激しいのが好きだから」
「えっ」
「最初は手コキとフェラで気持ちよくさせてあげてね!」
「そ、そんな。いきなり?」
「じゃないと怪しまれるかも?それに、そんな不安そうな顔しないで、もっと堂々と笑ってて」
「あ……う、うん」
「じゃあね!」
「う、うん。じゃあね」

私のカバンを持って教室を出て行った英莉香。
収まっていた鼓動がまた騒ぎ始めた私は、英莉香のカバンを手に取ると、少し緊張しながら教室を後にした――