「ハンバーガーセットください」
「お持ち帰りですか?」
「いえ」
「お飲み物は?」
「アップルジュース」
「かしこまりました。会計480円になります」

随分と暗くなった部活帰りの道、水原久美(みなはら ひさみ)はハンバーガー屋によった。
同じ女子ソフトボール部の友達は先に帰り、久美一人。
今日は母親の帰りが遅いという事で、ハンバーガーセットが彼女の夕食だ。
親の都合上、たまにこういう日があるが、久美にとっては慣れっこなので何とも思わない。
夕食まではまだ少し早い時間。店内には久美が座って食べる席の余裕があった。

「ありがとうございました」

店員からトレーに乗ったハンバーガーセットを手渡されると、肩から抱えたスポーツバッグを揺らしながら空いている二人席へ移動した。
トレーをテーブルに置き、空いている席にスポーツバッグを乗せる。
この大きな群青色のスポーツバッグは部活で皆が使っている学校指定の物だ。
明日は土曜日。
学校は休みだが、別の高校に練習試合に行くので自分の荷物は持って帰らなければならなかった。
ユニフォームにグローブ。スパイクにヘルメットなど。
椅子の面積には入りきらないスポーツバッグは、左右に少し垂れている感じ。
まあ、他の客が横を通るには問題ないだろう。

「はぁ……」

部活ではセカンドを守る久美、今日は先輩のノックに体中の筋肉を使い果たした感じだった。
体が重いというのはこの事だろう。
男子ならこれくらいなんてこと無いんだろうか?
それとも、動きが大雑把だから余計に疲れるのか?
そんな事を思いながらジュースのカップに突き刺したストローを咥えたあと、ポテトを食べ始めた。
身長164cm。体重は――46キロだから別に恥ずかしく思わない。
本当は髪を伸ばしたいけれど、ソフトボールをするには邪魔なので男子のように短く切っている。
それでも友達から小顔だと言われている点は素直に嬉しい。
毎日の様に運動しているせいか、こうやってカロリーの高いものを食べていても太らない。
というか、服の上から見ると、脂肪よりも筋肉が付いて骨太な感じがする。
だから、顔立ちはいいのにあまり男子生徒に声を掛けられない。

私だって、脱いだらすごいんだから。

それが彼女の本心だった。
いや、実際にはしっかりと女子高生の曲線を描く体なのだ。
まだ異性の前で見せた事は無いけれど。

「…………」

無言で食べる久美。
一人なので、別に独り言をいう事もないのだが、彼女が黙っているのにはもう一つ理由があった。
彼女の席から少し離れた窓際。
そこからじっと久美を見つめている視線があった。
その視線は、久美が店に入ってきた時から注がれている。

「はぁ……」

そんなに見つめられたら、美味しく食べられない。
その視線がかっこいい男性からなら良かったのだが――いや、確かに男性なのだが――

彼女を見つめていたのは、眉間に皺を寄せ怨念を抱いた目つきをしている恐ろしい幽霊だったからだ――