一生に一回しか無理なら、絶対に綺麗な女性になりたい。
アイドルの様に着飾るのではなく、普段から『美人』な女性に。

俺が持っているこのカプセルを飲むと、幽体離脱して他人の体に憑依することが出来るらしい。
憑依するって事は、その体を自由に操れるという事。
すなわち、俺の思い通りのことが出来ると言う事だ。
そうなると、やりたい事はタダ一つ。
『オ・ナ・ニー』だ!
レズりたい何て思わない。
ましてや、男とセックスしたいなんて微塵も思わない。
ただ、その女性の体でオナニーしたいだけだ。
それは、この不思議なカプセルを飲んでから二時間しか効果が無いことも理由の一つ。
そして、一度飲むと副作用で二度と同じ効果が現れないという事。
一生の間に二時間しか幽体離脱できないということだ。
だから余計な事を考える暇なんて無い。
とにかく、オナニーあるのみなのだ!

女性を選ぶ時点で幽体離脱しては、時間が勿体無い。
この女性と決めてから幽体離脱し、憑依するのが一番だろう。
後は本人の記憶を覗いて家に戻り、オナニーすればいい。
適当なところでオナってもいいが、ゆっくり落ち着いてオナれるのは家だろうから。
そういう意味では一人暮らしの女性がいい。
この条件に当てはまる女性がいればいいのだが――

――と思って電車に乗り込んだ。
夜の電車は若干酒臭い匂いが漂っている。
俺は女性専用車両の隣の車両に席を陣取り、それとなく視線を向けていた。
目ぼしい女性が現れるだろうか?
すぐに決めてしまうには勿体無い。
一生の内の二時間しかないのだから。
そう思っていた。
でも、どうしても俺は彼女から目を離すことが出来なかった。
まだ電車に乗り始めて十五分と経っていない。
俺が座っているところから見えるのは、ライトブラウンの髪が緑のカーディガンを撫でる大学生くらいの女性だった。
目がパッチリして顔立ちがとても良い。
何を見ているのか分からないが、手には冊子のようなものを持っていた。
それを俯いて眺めている彼女の白いほっそりとした太ももが、深緑のワンピースらしき裾から伸びてセクシー。
その太ももに吸い付きたくなるくらいだ。

「やべぇ……俺、彼女に憑依したくなった」

もう少し待っていれば、更に俺好みの女性が現れるかもしれない。
でも、今逃してしまうと彼女を見失ってしまうかもしれない。
俺はどうするべきか――

などと考えているうちに、俺はズボンのポケットからこっそりカプセルを取り出していた。
俺の意識よりも、俺の体が彼女に憑依しろと言っているように思える。

「……後悔しないよな。あんなに若くて綺麗な女性に憑依するんだから。絶対後悔しないよな」

何度も呟いた俺は、カプセルを飲む決心がついた。

(よしっ!俺も男だ。あの女性に決めたぞ!)

そう心の中で呟いた俺は、他人に気づかれないようにカプセルを口の中に入れ、ゴクンと飲み込んだ。
何の味もしない。
しかし、胃の中でカプセルが溶けて中の液体が溢れ出すと、俺は猛烈な眠気に襲われ始めた。
自分の意思で目を開けていられない。
というか、何も考えられないまま、俺は長椅子の隅で車両の壁にもたれ掛かりながら深い眠りに入った――

スッ――

体が軽くなった感じ。
いや、実際に軽くなっている。それは、俺が車両内に浮いているから。
正確には、俺の幽体が体から抜け出して浮いているのだ。
これがあのカプセルの効き目。
そして、物理的な抵抗を受けなくなった幽体がじわじわと車両の壁にめり込んでゆく。

(おっとっと)

ふわりと幽体を車両内に戻した。
電車は時速数十キロで走っている。
なのに、俺の幽体は列車から取り残される事無く車両内に留まる事が出来ている。
不思議な感じだった。
幽体になると、そういう概念さえ無視できるのだろうか?
俺には分からなかったが、こうやっている間にも時間はどんどん過ぎてゆく。

(いけねっ。早く彼女に憑依しないと)

幽体の抜けた俺の体は、酔っ払いの様に深い眠りについている。
このままずっと電車に揺られていても、誰も何とも思わないだろう。
それに終点までは二時間以上あるから車掌に起される事も無い。

俺は車両をつなぐ扉をすり抜けると、女性専用車両に忍び込んだ。
誰も俺の幽体が入り込んだことに気づかない。
スッと車両内を移動し、あの女性の前にふわふわと浮かんだ。
彼女は相変わらず冊子に目を通している。
より近くで彼女の顔を見ようと、俯いている彼女を覗き込んでみた。

(やっぱり……すげぇ美人じゃねえか!)

俺は改めて幽体離脱して正解だと思った。
絶対に後悔しない。
そう思えるくらい彼女は綺麗だった。

(よし、じゃあ早速っ!)

逸る気持ちを抑えられない俺は、何も気づかない彼女の体に幽体をめり込ませていった。

「っ!」

ビクンと彼女の体が震えた。
俺の足が彼女のお腹に消えてゆく。
めり込むというよりは、溶け込んで行く感じか?
彼女は持っていた冊子をギュッと握り締め、体が硬直している様子。
俺が入ろうとしているのを拒んでいるのだろうか?
でも俺の幽体は彼女の体に入り込んでいった。
下半身が、そして上半身が。
彼女の体をすり抜けるのではなく、彼女自身に融合してゆく。
腕が、そして頭が――



「はっ……」

真っ暗になった視界。
それが、一瞬にして明るくなる。
目に飛び込んできたのは、今まで彼女が読んでいた冊子。
大学祭のイベントが乗っているようだ。
いや、そんな事はどうでもいい。
俺がこうやって彼女の持っていた冊子を見れるという事は――

俺はゆっくりと顔を上げた。
目の前にある車両のガラス窓。
そこに薄っすらと映る俺の顔は――

「ニヒッ!」

思わずにやけてしまった。
そこに映っているのは、俺が憑依しようとしていた女性の顔だったからだ。
俺がにやけると、ガラス窓に映る彼女もにやける。

「すげぇ……」

そう呟いた俺の声も、この女性の声――春日 奈々未という近くの大学三年生のものだった。
奈々未の体を眺めつつ、記憶を覗いて彼女の全てを盗み見する。

「へぇ〜、ラッキ〜。私って次の駅で降りて歩いて五分のところにあるワンルームマンションで一人暮らししてるんだ」

彼女の言葉を使って、他人のような台詞を口にする。
ほのかに漂う香水の香りは、大学から帰るときに友人の詩織から借りてつけたもの。
男遊びを知らないこの体だが、オナニーはしっかりとしているようだ。
ならば、彼女のオナニーを俺が再現してやろうじゃないか。
そして、女性の快感を貪り尽くし、悔いを残さないようにこの体から離れてやる。

俺は心の中でそんな風に誓うと、ホームに滑り込んだ電車から降りて奈々未の――いや、俺のワンルームマンションへと早足で歩いていった。