この特許管理室に入ることが出来る人間は限られていて、夏子を含めて4人だけだ。
その事を夏子の記憶から読み取っていた男は、ニヤニヤしながら管理室の前に立っていた――
金属製の頑丈そうな扉の横には、IDカードを読み取るリーダーと、指紋を識別するための装置。
また眼球識別装置が縦に並んでついていた。
それらを全てクリアしなければ、この扉は開かないどころか警報装置が作動し、警備員が飛んでくる。
そんな心配を全くしていない男は、

「さて、この中にある大企業の情報を戴くとするか。幾らで売れるか楽しみだ。ククク」

そう言うと、まず胸元のポケットに入れていたIDカードをリーダーに通した。
リーダーの横に付いている赤いLEDが緑色に変化し、その上にある液晶モニターに「OK」という文字が表示される。

「さあ、次は……」

今度は指紋を識別するための装置だ。
人差し指を乗せる台があり、そこに夏子の人差し指を添える。
すると「ピッ」という音と共に、また液晶モニターに「OK」という文字が表示された。
これで二つ目の「OK」が液晶モニターに表示されている。

「ククク。体を奪われれば、セキュリティーなんて意味ねぇよなぁ」

笑いながら、最後に眼球識別装置だ。CCDカメラに顔を近づける。
右目をカメラに読み込ませると、眼球識別装置の横にあるLEDが緑色に点灯し、液晶モニターに三つ目の「OK」が表示された。
その後、OKの文字が消えて夏子の顔写真と名前が表示され、カチッという扉のロックが解除された音が聞こえた。

「ニヒッ、馬鹿な機械だよなぁ」

ニヤニヤしながら扉を開き、中に入ろうとした夏子。
だが、その部屋の嫌な雰囲気を感じ、一瞬入るのをためらった。

「何だ?この嫌なオーラは」

この感じ、初めてではない。
随分前に感じた事があるような気がする。
だが、男はそのことを思いだせずにいた。

「……まあいいか。別にどうって事ない」

そう呟くと、ゆっくりと部屋の中に入っていった。
自然にドアが閉まり、ロックがかかる。
外に出るときも、同じセキュリティーが掛かっているのだ。

「さて、どの企業の書類を持って帰ろうか。やはりここはTS_F_TI.Comが一番硬いか」

他の企業の特許資料も探そうと思ったが、この企業の情報を売ることで莫大な金が入ることは分かっている。
夏子の記憶もそう言っているのだ。
その特許資料を手にした夏子が部屋を出ようとすると、扉のロックが自然と解除された。

「ん?」

どうやら別の人間が表からロックを解除したようだ。
ゆっくりと扉が開き、人影が現れる。
ストレートの髪が長く、メガネをかけた彼女。

「あら、水谷さんじゃない。あなたもこの部屋に用事があったの?」
「えっ……あ、うん。そうよ下河さん」

目の前に現れたのは、夏子と同じ権限を持つ下河めぐみだった。
夏子の記憶からその情報を得た男が、夏子のフリをして会話を続ける。

「書類の整理は出来たの?」
「ええ。岸本君に手伝ってもらったのよ」
「へぇ。彼って水谷さんのこと、好きそうだものね」
「だからって、別に無理矢理手伝わせたんじゃないわよ。それにご褒美もしっかりあげたしね」
「ご褒美?」
「そうよ。腰がガクガクになっちゃった」
「なっ……も、もしかして……」
「うふふ。それは内緒!それじゃ、私はこれで」

そう言って部屋を出ようとした。

しかし……
「あっ、ちょっと待って水谷さん」

そう呼び止められた。
asagirisan
「何?」
「そうやってTS_F_TI.Comの特許資料を持って帰ってどうする気?」
「えっ……こ、これは……その……」
「その特許資料を売って、金を作ろうとしているのかな?」
「なっ……」
「うふふ……そんなことだと思っていたわ……ワシはお主がどう出るのか、じっと見張っておったんじゃ」

ニヤリと笑っためぐみの言葉使いがガラリと変わった。

「お、お前……もしや……」
「そうじゃ。お主を赤ちゃんに封印した法師じゃよ。やはり魂の浄化は完全に出来ていなかったようじゃな」
「くそっ!」

男はこの場から逃げようとした。
しかし、いつの間にか夏子の体が動かなくなってしまっていたのだ。
あの嫌な感じ。
今、思い出した。
それはこの部屋全体を包み込む法師の結界だったのだ。

「お主はもうこの結界からは抜け出る事は出来んよ。今度は素直に成仏するがよい」

めぐみはそう言うと、その場に座禅を組んで念仏を唱え始めた。

「おのれぇ。う、動け……この体っ!」
「ぶつぶつぶつぶつ……」
「うおおお!……や、やめろぉ!」
「ぶつぶつぶつぶつ……」

夏子の体が軋む。
すると、男は夏子の体からはじき出されてしまった。
黒く染まった幽体が部屋の中にゆらゆらと浮いている。

「くそぉっ!うがあぁぁ!」

抵抗する男の幽体。
しかし、その強大な法師の念力に成す術もなかった。

「この世から去るがよい……ハァッ!」

一際大きな声でめぐみが叫んだ。
すると……

「うがぁぁぁぁ!お、俺の野望がぁぁぁ!」

そう叫んだ男の幽体が、木っ端微塵に消滅してしまったのだ。

「ぬぅぅぅ……」

めぐみが深く深呼吸をし、念力を絞る。
ぐったりと倒れている夏子を見て、

「すまなかったな。お主にも辛い思いをさせたようだ。他にも同じく辛い思いをした女子も……」

そう言うと、めぐみもガクンと頭と垂れて気を失ってしまった――




――その後、あの幽体の男は二度とこの世に現れる事はなかった。
しかし、男のせいで俊子と夏子は妊娠してしまい、まっとうな人生のレールから反れてしまったらしい。


また同じような被害が出ない事を祈る――




――ってなわけで、TSネタネタ(1個目)終了――

今回は、TS-Complex.を運営するあさぎりさまにおねだりしてイラストを使用させていただきました。
あさぎりさま、イラスト使用を了承いただき、誠にありがとうございました。
また……使わせてくださいね(^^;