「ねえお母さん。今日は姉ちゃん、大学から帰ってくるの遅いの?」
「さあ、何も聞いてないわ」
「そうなの。またサークル活動が忙しいのかな?」
「そんな事よりも、早めに就職活動しておいて欲しいわ」
「姉ちゃん、就職したくないって言ってたよ。大学を卒業しても、しばらくフリーターで過ごすって」
「え〜、俊子はそんな事言ってたの?」
「うん。5日前の夜10時30分ごろに言ってたよ」
「細かいところまで覚えているのね、佐緒里は」
「覚えているよ。昨日お母さんと会話した内容も全部覚えてるんだから」
「そう。それならその記憶力をもう少し勉強の方に回したらどう?」
「仕方ないよ。だってさっきから記憶力がよくなり始めたんだから」
「さっきから?どういうこと?」
「ううん、なんでもないよ」


佐緒里の記憶の中から姉の俊子と会話した時のことを引っ張り出して母親と会話をする男。
俊子に「お母さんには内緒だからね」と言われていた事も知っているのだが、男はその約束を破って母親に話しているようだ。
きっと俊子が聞いたら怒るだろう。
でも、男にとってはそんな事、問題ではなかった。
こうやって会話をしている最中でも佐緒里の記憶をさかのぼり、どんどん読み取ってゆく。
無数にある佐緒里の脳の引き出しを片っ端から開き、覗き見する。
佐緒里が親にも内緒にしていたような恥ずかしい出来事もお構い無しだ。


「私って幼稚園でお漏らししたことあったんだよ」

母親の横に並んでたまねぎの皮を剥いている佐緒里が、ずっと隠していた事を恥ずかしげもなく話し始めた。

「ええ?」
「お母さん、知ってた?」
「覚えていないわよ、そんな昔の話」
「そうなの?私、ずっと内緒にしてたのよ。幼稚園の神埼先生にもお母さんとお父さんには内緒にして欲しいって泣いて頼んだの」
「へぇ〜、今となっては時効の話なのね」
「そう。時効といえば、私が小学1年生の時にお母さんの財布からこそっと50円もらったの。どうしても友達が持っている飴が欲しくて。ごめんね、お母さん」
「そんな事してたの?もう。他にはないでしょうね」
「うん。そうねぇ……」


佐緒里はしばらく考えていたが……いや、佐緒里の記憶を引き出していたがお金を盗んだのはそれきりだったようだ。
後は姉の俊子に対してのことだけ。
別に俊子の財布からお金を盗んだというわけじゃない。
ちょっと洋服や下着を借りた程度。
一般的な女の子と言う感じ。


「別に何もしてないよ」
「そう。それにしても今日は昔のことをよく話すわね」
「うん。私が小さい時のことまで詳しく覚えているのを知って欲しくて」
「ふ〜ん、変な佐緒里」


母親は特に気にすることなく、佐緒里と夕食を作り上げた。


「ただいま」


タイミングよく姉の俊子が帰ってきて、キッチンに入ってくる。
ほっそりとした身体つきながら、出ているところはしっかりと出ている俊子は、背中まであるダークブラウンのストレートの髪を揺らしながら肩に掛けていた、洒落たバッグをテーブルの上に置いた。
可愛らしいというよりは、美人だ。
その辺、佐緒里はうらやましいと思っている。
俊子の服を借りても、胸の部分がゆったりとして腰の辺りが窮屈。
それは、俊子と佐緒里のスタイルの違いを現しているようだった。


「お帰り俊子。ちょうど夕食が出来たところよ」
「そうなの。お父さんはまだ?」
「今日も残業だって」
「ふ〜ん」
「姉ちゃん、お帰り」


男は佐緒里のフリをして、いつもどおり俊子に話を始めた。


「ただいま」
「あのね、姉ちゃん。後でちょっと話があるんだけど。ご飯食べてお風呂に入ってから姉ちゃんの部屋で話をしてもいい?」
「え、いいけど。何の話?」
「それはナ、イ、ショ!」
「ふ〜ん、さては新しい彼氏でも出来たか」
「違うよ。もっと……ううん、なんでもない。また後で話すから」
「お金なら貸してあげないわよ」
「そうじゃないよ。お金には困ってないもん。もう、姉ちゃんたら」


母親と仲の良さそうな姉妹。
会話を聞いていても全く違和感がないだろう。
昨日と同じ雰囲気。
でも、その妹の体は男に乗っ取られ、記憶までも奪われている。
記憶を覗いて佐緒里に成りすまし、母親と姉を騙しているのだ。
誰も気づかない。気づくわけがない。
それは、男が佐緒里自身よりも佐緒里のことを良く知っているから。

(もうこれ以上記憶を探る必要は無いな……)

会話しながらも小学校から幼稚園、そして更に幼かった頃の記憶まで盗み見した男。
どうやらほぼ全ての記憶を手にしたことで、佐緒里への魅力が半減してしまったようだ。

(風呂に入って、この身体でもう一度楽しんでから姉の身体と記憶を奪うとするか。姉の方がスタイルもいいし、楽しめそうだからな。フフフ……)

そう思った男は、いつまでも佐緒里のフリをして母親と俊子を騙し続けた――